
「禍福は糾える縄の如し(かふくはあざなえるなわのごとし)」は、幸福と不幸が表裏一体でやってくることを説いた言葉です。「なんとなく知っている」という人でも、由来や類語との違いまで理解すると、日常やビジネスでの使い所がはっきりします。
この記事では意味・読み方・由来・使い方・塞翁が馬との違いをまとめます。
意味と読み方
- 読み方:かふくは あざなえる なわの ごとし
- 意味:不幸(禍)と幸福(福)は、より合わせた縄のように密接に絡み合っており、交互にやってくるものだ
「糾える(あざなえる)」は糸をより合わせて一本の縄を作ることを意味します。縄をよく見ると、右から左・左から右と二つの束が交互に現れながら一つの形を成しています。幸福と不幸は独立した別々の出来事ではなく、常に絡み合いながら人生という一本の縄を作り上げているという比喩です。
由来
出典は紀元前1世紀頃に司馬遷が編纂した中国の歴史書『史記』の「賈誼(かぎ)伝」です。
天才的な才能を持ちながら若くして左遷された賈誼が、自らの不遇を嘆くのではなく、世界の理(ことわり)としてこの真理を説いた一節が語源となっています。
使い方と例文
成功している時の自戒として:
「プロジェクトは順調だが、禍福は糾える縄の如し。次のリスクへの備えを忘れてはいけない」
失敗した時の希望として:
「今は苦しい状況だが、禍福は糾える縄の如し。この経験が次の成功につながるはずだ」
人生訓・座右の銘として:
「禍福は糾える縄の如しという言葉を胸に、浮き沈みに一喜一憂せず淡々と進んでいく」
類語との違い
| 表現 | ニュアンスの焦点 | 適した場面 |
|---|---|---|
| 禍福は糾える縄の如し | 幸福と不幸は構造として一体。必然的に連動する | 人生を俯瞰して冷静さを保ちたい時 |
| 人間万事塞翁が馬 | 何が幸いし何が災いするかは予測不能 | 予想外の出来事が起きた時 |
| 七転び八起き | 何度失敗しても立ち上がる不屈の精神 | 困難に立ち向かう勇気を鼓舞したい時 |
| 楽あれば苦あり | 楽の後には必ず苦が来るというバランス | 日常的な出来事のバランスを説明する時 |
「塞翁が馬」との違い
「塞翁が馬」は起きた出来事の結果がどう転ぶか分からないという「予測の難しさ」に重点があります。「禍福は糾える縄の如し」は幸福と不幸が構造として一体であるという「必然性」に重点があります。
よくある質問
Q. 「糾える」はどう読みますか?
「あざなえる」と読みます。糸や縄をより合わせるという意味の古語です。現代ではあまり使われませんが、このことわざでは「密接に絡み合っている」という重要なニュアンスを担っています。
Q. 英語で似た表現はありますか?
"Every cloud has a silver lining"(どんな暗雲も裏側は銀色に輝いている)が近い表現です。ただし日本語のことわざのように「幸福の後の不幸」まで含めた双方向のニュアンスを持つ英語表現は珍しく、東洋的な無常観が色濃く反映された言葉です。
Q. 座右の銘にするのは後ろ向きに見えませんか?
むしろ強気で前向きな座右の銘です。「良い時も悪い時も自分を見失わずに歩み続ける」という意志の表明であり、成功に慢心せず逆境に絶望しない姿勢を示す言葉です。
Q. 「禍福は糾える縄の如し」を子どもに教える場合、どう説明すればいいですか?
「良いことと悪いことは、縄のようにずっとくっついていて、交互にやってくるよ。だから良いことが続いたからってうぬぼれないし、悪いことが続いてもあきらめなくていいんだよ」と伝えると理解しやすいです。
まとめ
- 「禍福は糾える縄の如し」は幸福と不幸が縄のように絡み合ってやってくることを説いたことわざ
- 「糾える(あざなえる)」は糸をより合わせて縄を作る意味。幸福と不幸は表裏一体という比喩
- 出典は司馬遷『史記』の「賈誼伝」。左遷された賈誼が世界の理を説いた一節
- 成功時の自戒にも、失敗時の希望にも使える言葉
- 「塞翁が馬」は予測不能性、「禍福は糾える縄の如し」は構造的必然性に重点がある







